2022年9月26日

202 詩と絵 盂蘭盆会


 

201 詩と絵 ホタル


 

200 詩と絵 木が 

 


129 能登あすなろ通信 秋の虫たち

 


風もなく、海も穏やかな日暮れ時、ふっと気がつくと、周りじゅう、家の中までコオロギやスズムシなどの秋の虫たちの鳴き声でいっぱいになっていた。陽が沈んで、夕焼けに染められた山々や海、黒島の黒瓦の家々までが、秋の虫たちと共鳴しあっているように思える。何もかもが同じ地球の住人として、共に生きている風景のようだ。

ハンパじゃない今夏の猛暑が、漸く遠ざかっていく。余りの熱さで、日中外に出て、ちょっとした用事を足すことすら、躊躇する日々もあった。毎年、毎年暑くなっていくような気がする。だが、そんなことも秋が深まるにつれ忘れていく。

暑くて、汗だくになり、夕方の海へとよく通った。そこで泳いで、潜った。砂浜の海は、子供の頃から親しんできたが、岩場の海は、今まで殆んど知らなかった。潜ると、地上とは異にした世界が迫ってくる。大小の魚が、タコが、見たこともないような海草、生きもの、岩が展開してくる。深く潜れば、潜るほど、神秘的で、怖くもあり、心臓がドキドキしていく。

海に入っても、森の中に入っても、普段の生活とは異にした世界に触れていく。普段の生活では通用しない世界が、直接裸身を通じて触れていく。どこか分かったつもりになって、自然に対して、世の中や人に対して、何よりも自分の人生に対して、何気なく日々を生きてしまっている。この人生、今日、何があるのか、実は、誰にも知ることができない。この今日を疎かにして、明日への道は生まれない。                 2022年9月25日

                            

2022年8月26日

128 能登あすなろ通信 黒島の天領祭り

 


猛暑という言葉が度々天気予報に載るようになった。数年前に扇風機さえ使うことが少ない。と書いたこともあったが、今夏は、扇風機に助けられた夜が、幾夜あったろうか。日中は、家の中で一番涼しい土間にいる。暑いさなか、どこからともなく吹いてくる風が、昼寝に頻りに誘う。

コロナ騒動で開催できなかった、黒島の天領祭りが、三年振りで執り行なわれた。諸々の事情に加えて、当日は雨模様で、二日目の晴れた午後のひと時、縮めに縮められたお祭りになった。だが、ぼくにはそのひと時に集まった、ずっと待ち望んでいた主催者、参加者、見学者も含めての全員を巻き込んでいった、その祭りに、こころが沁みた。

祭り<神を祭る。祭るとは、神を慰め、祈願する>は、人類の生活が始まって以来、どの地においても執り行なわれた文明の証しだ。人類は自然の脅威から守られ、共に生きる暮らしができていく為には、何よりも<神なる>ものの力が必要だった。人は、太陽が昇り、沈むことが、雨が降り、晴れることが、<神なる>ものの力以外には考えられなかった。夜の天空の星々が神なるものの光りとしてでしか思えなかった。それはつい何百年前までは、地上のどこであっても当然のことだった。今は、神は死んだ。のか、忘れてしまったのか。必要とはされなくなったのか。

ともあれ、そんな<神なる>ものを忘れても、必要とされなくなっても、畏怖するような、不思議なことに、思いを馳せない人はいない。全ての人類と変わらぬ血や細胞、地上の生きとし生けるものと、同じ血や細胞の生きものとしての、ぼくを思う。                    2022年8月25日