2026年4月3日

171 能登あすなろ通信 花見

 


花見、と言ったら、やはりサクラ以外にはないらしい。五年ほど前に、友人たちと、弁当を持って猿山灯台で花見宴会をした。今年は、また太陽のサンサンと降り注ぐ光りの下で花見しようと、企てているのだが…。そのサクラが開花しそうな風情をしている。そちらのサクラはどうだと、関東にいる友人が尋ねてくる。憂鬱なニュースが多い昨今には、ともかく華やぐ話題を提供したい。それは、やっぱり今、サクラが一番相応しい。

いつまでも寒いと感じている。ぼくだけなのか、と思っていたら、今年は例年よりも寒いと言う声が多い。それでも、閉め切っていた部屋を開け放したり、朝晩のストーブの出番が少なくなってきている。その内、炬燵も要らなくなっていくのだろう。毎年、必ず冬から春を迎えている筈なのに、どんな心持ちだったのか忘れている。春という声を聞いて、温かくなるぞと、期待している分だけ、じれったく思っている節があるようだ。ゆっくり、焦らず、今日一日を大切にと思う。

恐竜時代は、一億七千万年続いたらしい。今、文明の新しい技術によって、益々その恐竜の化石が発掘されている。その著名な恐竜先生が、人類も、いずれ絶滅すると言う。絶滅すると改めて聞くと、深く頷くと共に、悲哀も感じる。ぼくも、誰でも滅することは分かっていながら、ともあれ今日一日の平穏無事を思いながら暮らしている。しかしわが身だけの平穏はあり得ない。黒島や能登だけでも、日本だけでも、人間だけでもあり得ない。地球の全ての生きもの達と、共に生きている事実を思う。  2026年3月29日

2026年3月1日

170 能登あすなろ通信 梅香る

 


暦ではとっくに春になっているのだが、ぼくの中では、穴蔵生活のようであった冬が続いていた。その、かなり重くなった身体も、気温の上昇と共に、外へ外へと動き出してきた。気がつくと、イヌノフグリ、ヒメオドリコソウの花が眩しそうにぽつり、ぽつりと咲いている。梅の花もほぼ満開に近い。剪定した枝を持ち帰り、玄関と室内に飾った。夜、閉め切った部屋に梅の匂いが、甘く満ちていた。香しい春が家中にもやってきた。

近くの大きな家が取り壊される。欲しいものがあったら、もらってと云って下さったので、何だかんだと頂いてきた。火鉢、夏の障子戸、簀戸、藁の畳[今の畳はビニール製品]、桐のたんす、着物、お釜、みんな誰か彼かが丹精込めて作った、かつての暮らしの必需品。…みな捨てられていく。

近所の方々は、みな八十歳を優に越えて、九十に近い、向こう隣の三男さんは九十八歳。町全体の平均年齢も八十に近い。しかし多くの方々は、様々な悩みや故障を抱えながらでも、野菜作りや好きな事に励み、それなりの張り合いある生活をしている。何もかも自分でやらねばならない生活を、長い間続けているから、日々の暮らしの工夫も、現在の身体と知恵に応じた生活ができていく。これが良いという標準の暮らしは何処にもない。一人ひとりが、その時々に合った、相応しい生活を工夫していくことが仕合せであり、生き甲斐となっていく。より良く歳をとるということは、誰とも比較できない、今日一日、自分なりに精一杯であったことに感謝しながら、安心して床に就いていくことではないだろうか。      2026年2月28日

2026年2月4日

169 能登あすなろ通信  三つ子の魂百まで

 


大寒の時節らしく、雪が降り、積もった。今、日本中のあちこちで大雪になり支障が出ているが、幸いに能登、中でも黒島は少ない雪で済んでいる。雪が多く降り、積もっていくのは困るのだが、だからと言って、雪が降らないと、味気なく、物足りない。茫々と降っている雪を恍惚と見てしまう時が、誰にでもあると思う。いつまで経っても、ぼくらには、子供の頃と変わらない気持ちがある。その本音なるものは、三つ子の魂百までなのだろう。雪やこんこん、霰やこんこん、降っても降ってもずんずん積もる…犬は喜び、庭かけめぐり…。

今日は、朝から雪ではなく、みぞれ雨だ。屋根の上にあった雪も滑り落ちて、殆んど見えなくなった。地球は、暖かくなり、ひと昔のような寒くて厳しい冬は、余り長く続かなくなっている。南半球のオーストラリアのメルボルンでは、今、真夏で気温が四十度を越え、危険な暑さという。そんな夏も、困るなと思うが、寒いのも…、ちょうどいい温度加減が良いのだが。それでは、却ってぼくらは怠け者になっていくのかもしれない。

誤解は常なるものだ。身近な家族ほど、近い分だけ、気づかずに誤解し続けている。その誤解の積み重ねが、ひょんなことから火花が飛び、時に爆発する。そうすると世界中で戦争がなくならない理由も分かる気がする。―先ず、何よりも、三つ子の魂百までの、このわたし自身が一番に問題となっていく。他人のあれこれを噂し、評するのは、たやすい。このわたし自身を省みるのが、世界で一番ややこしい事柄なのだ。    2026年1月29日