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2013年3月20日

25 春 眼は語る


今年の冬は大変厳しかったから、春の陽気が増して温かくなり、ほっとしています。桜の花がもう咲き始めていますから、これから暫くは爽やかさをいっぱい満喫できますね。
私の恩師は、青年の頃に、ある事件を切っ掛けに眼が美しい大人になっていこうと誓いを立てられました。その所為か、年老いた今でも魅力的な澄んだ瞳をしておられます。眼は心の窓とか、眼は口ほどに物を言うといいますが、どんな姿、恰好よりも眼にその人の本質が宿っていることなのだと思います。気持の張りを失っていくにつれ、眼の力、輝きも消えていきます。私達はどのように生きているのか、絶えず自分の眼に問われているのだと思います。
さて東洋医学では、春は肝臓と胆のうが一番活躍する季節です。肝臓は血を貯蔵して、からだの血量を調整する働きをし、眼と密接な関係があります。眼は絶えず新鮮な血を必要としています。そうでなければ眼は働くことができません。あるいは反対に、眼が美しい風景や感動する物事に出会うと肝臓は活発になり、血が浄化されます。美しい物や感動的な物ごとに会うと肝臓は元気になり、眼がまた輝き出す、身体は世界中のものと一つにつながっています。春は一年中で木々や草花を初め、動物、昆虫達にとっても生命力が一番活発になる季節です。春、植物達の芽を吹き、万物が蠢いていく、こんな当たり前の風景がちょっと考えてみれば奇跡であり、今日の神話です。私達も春の勢いに乗って生きていきましょう。


2012年12月3日

23 冬 精が出ます


「すっかり寒くなりましたね」と、近頃の挨拶になってきました。ついこの間まで「暑いですね」が、挨拶言葉だったのですがー。
私達は、私だと思う脳が絶対であり、身体は脳の従臣のように思っています。しかし、脳は身体の一部分であり、身体があってこその脳です。身体があって脳が働くことができるのであり、脳によって身体が生きている訳ではありません。元より身体は自然そのものであり、独り善がりになりがちな脳とは関係なく、これから益々寒くなっていく大寒に向かって準備しています。
冬は、腎臓と膀胱が一番活躍していく時節です。腎臓には<精>が蓄えられています。「精がでますね」と言う言葉は、腎臓が元気ですねと同じことを言っていることになります。この腎臓の精が、骨髄、骨、歯、脳<髄の海>を造っています。また脳・髄から聴力、視力、思考力が維持されています。腎臓は内臓の活力の源であるばかりでなく、身体の根幹である骨や骨髄、脳、思考活動を営むための肝腎な要です。
身体の健康を保持したい、骨や歯を守りたい、頭を明晰に保ちたい等と思う人は、内臓が元気に働いてもらわなければいけませんが、特に腎臓は縁の下の力持ちとして一番大切な要なのです。冬は「閉蔵」と言います。戸を閉めて、英気、根気を養っていきます。そして春の目覚めへと準備して、数ヵ月後に一気に開花していくのです。
冬は、互いに生きている者同士として、その生き方を尊重し、同時に誰とも比較できない自分自身を見つめなおす時節です。



2012年4月10日

16 春 春が来るということ、肝臓・胆のう

桜が満開になりました。桜は花を咲かせる為に冬の間、その準備をしています。桜は、冬眠中、特に開花する前には、樹液が花弁の色に染まっているらしく、その木を切ると、鮮血のように樹液があふれ出してくると言われています。私達の見えないところで、彼らは黙々とその用意をして、時機到来とみるや一気に花を咲かせるのですね。
季節ごとに活躍する内臓が違います。春は、肝臓と胆のうの時節です。肝は、<怒り>の気を生み出していきます。怒りは、強く、激しいものです。強く、激しいものだから、大地からあまたの植物が芽を出し、花を咲かせ、冬眠中の昆虫や動物が起き出してきます。身体も自然の巡りと共に生きており、冬<腎臓、膀胱>の蔵で貯め込んだ<志>を、一気に内外に向かって、発動していきます。病人ならば、回復する兆しが、またどんな人でも、新しく何かを始めるのに、自然の勢いが後押ししてくれますから、絶好の機会でもあります。
江戸時代までは、自然<しぜん>と言う言葉はなかったらしく、<じねん>と呼ばれていたらしい。つまり、自然とは、おのずからそうあること、本来そうであること、ひとりでに、なるという意です。春になれば、自然と誰でもが普段より<肝っ玉>がすわり、<胆力>が備わって行動的になれるのです。焦らず、苦にせず、あるがままに任せていれば、時期が来てひとりでに、春が来るというのは何と嬉しいことでしょう。そう言えば以前に、道を歩いている時、<冬来たりなば、春遠からじ>という碑文を見て、随分助けられたことを思い出します。春は必ずやって来るのだと、一人ひとりに、その相応しい姿で来るのだと諭された気がしたのです。

2012年3月18日

15 春 五気と五臓、腰痛とストレス

いつまでも寒くて、外出するのにマフラーや手袋を手放せません。でもこの寒冷ももう少しです。お彼岸をすぎれば、うららかな日差しを浴びながら散策できますね。
先日、録画しておいたNHK『ためしてガッテン』の腰痛編を見ました。腰痛の八割は、ヘルニアや内蔵等の問題からではなくストレスから来ているということが分かったらしく、五十年に一度位の大発見ということでした。このストレスは、今日では多様に使われていますが、前述の場合は、<精神的緊張、不安、恐怖など>の意味として扱われているのだと思います。
東洋医学では、怒・喜・思・悲・恐という五つの感情によっても、病気になると言われてきました。大昔から当然ストレスがあったのですね。これら五つの感情を五気と言います。五気は、それぞれが五臓である肝臓・心臓・脾臓・肺臓・腎臓によって生じます。つまり肝は怒、心は喜、脾は思、肺は悲、腎は恐を生み出していきますが、余りにも激しい感情の変化は却って、五臓を傷めてしまいます。怒り過ぎると肝を傷つけ、喜び過ぎると心を傷め、思い過ぎると脾を傷め、悲しみ過ぎると肺を傷つけ、恐怖し過ぎると腎を傷めます。また逆に肝が衰弱すると、努がなくなり覇気に欠け、心が弱ってくると喜べなくなり、脾が働かなくなると、思考できなくなります。何事もほどほどに、中庸が大切だということですね。
腰痛がストレスによるものという今日の発見は、東洋医学にとっては当たり前だったのです。腰痛のつぼは、大概、腎・肝・脾が関係していますから、不安や恐れがどれ程負担をかけているかが想像できます。これらの感情は、人間の証として元々備わっているものです。しかし一端本来のあり方から外れてしまうと却って自分自身を傷つけてしまい、取り返しのつかないことになっていきます。

2011年6月29日

8 夏 心臓、腎臓、呼吸

毎年、毎年、月日の早くなっていく感があります。が、今年程、それを強く感じる年はありません。大地震があり、停電があり、原発問題はまだ未解決で、時がびっくりして縮まったようです。
本格的な夏を迎えようとしています。夏は、心臓の季節です。私達が眠っている時も、遊んでいる時も、不眠不休でドックン、ドックンと一人働き続けている心臓は、働き続けているが故に熱くなりがちです。心臓はエンジンみたいなものだから、過熱し過ぎないように冷やす必要があります。冷やす役目をするものがラジエータ、即ち腎臓です。心臓は火で、腎臓は水の性質です。どの臓器も大切なのです。みんなで支え合って生きているのです。夏は、身体を冷やしてくれる生野菜・果物に相応しい季節です。海藻類も合わせて摂って下さい。心臓はトマト・人参・赤ピーマン等の赤色を好みます。心臓はばてた時は赤色系等の食物を多く摂るのです。


前回、深く息を吐き出すことを言いました。私達は、当り前に、無意識的に呼吸をしています。その息は大概浅く胸で呼吸しています。それをあえて意識して深く呼吸します。わずか数分間でも息ができなくなると、死に到る呼吸は、あらゆる健康法の中でもっとも大切なものです。10分以上の時間をかけて、姿勢をただし、下腹や骨盤全体で呼吸することを意識しましょう。自ずから呼吸が深くなり、気持ちが落ち着きます。

2011年4月23日

6 春 五臓六腑と気持ち、目と肝臓

毎朝目覚めと共に違った私になっています。一つひとつの細胞が刻々と新陳代謝し変わっていますから、少しずつ違った私になっています。布団に入っている間に大きく入れ替わっていることを想像します。私のことは分かっているつもりでいます。しかし、実は分からない、ということが事実かもしれません。
私達の気持ちと、五臓六腑とが結びついていることを、以前に申しました。怒は肝臓、喜は心臓、思(慮)は脾臓、悲は肺臓、恐(畏)は腎臓という具合です。春は肝臓の季節です。ある程度の怒りは行動力の源です。しかし度が過ぎると、肝臓を痛めます。全く怒りがなくなったら肝臓が萎えていると言えます。ある程度の怒・喜・思(慮)・悲・恐(畏)は五臓六腑が元気な証です。しかし何れにしても度を超えると、それに応じた内臓が、そして全体のバランスが歪になっていきます。
私達は生きている限り、様々な喜び、そして様々なストレスに会っていきます。それが私達を鍛え、他人のことを思い、また生活を改めようとするのではないでしょうか。私達の意識の届かないところで様々な気持ち、環境、そして身体はつねに絡みあって生きています。その内の身体だけでも、毎日意識して世話をすることができます。それが気持ちや環境を変える切っ掛けにもなると思っています。

慢性のかすみ目、めまい、両眼の乾燥、夜盲症などの目に生ずる異常は、肝臓と関係します。目を酷使する人は、目だけでなく肝臓も疲れている訳です。

2011年2月24日

4 春 肝臓、胆のう、足裏

二十四節気の「雨水」が過ぎて、氷と雪から、雨と水に変わってきました。鎌倉も暖かさが増してきました。日だまりが嬉しい。
腎臓の様子が髪に現われるように、肝臓や胆のうは、爪や目、筋肉に、その状態が現われます。私達の身体のあらゆるものが、五臓六腑と固く結び合い、影響し合っています。目がぼんやりしている。見え難くなっている。筋肉の疲れがとれないのは、肝臓の動きが鈍いのです。爪が荒れてきているのは、胆のうのあり方が疑われます。肝臓や胆のうがよく働いてくれないと、身体が怠くなり、優柔不断になってきます。元気な肝臓と胆のうは、清められた血を全身に送り出します。私達はそれで疲れがとれ、物事の判断ができ、大胆な行動力となって生きることができます。

全身を支えているのは足裏です。大地とくっついている足裏は、地球と一番近いのです。足の指、足の裏、特に土踏まずをごしごしともみます。そして足首を柔らかくします。柔らかくなった足裏に全身をゆだねるようにして立ちます。足裏だけが唯一大地との接点であることを確かめるように、ここで呼吸します。足がポカポカしてきます。

2011年2月12日

3 春 肝臓、胆のう、手足

あらゆる生きもの達は、陰と陽から成り立っています。陰とは、女であり、マイナスであり、暗いです。陽とは、男であり、プラスであり、明るいです。
冬は、一年の中で、陰の中の陰でした。一日に譬えると、真夜中です。立春が過ぎて、日照時間が長くなり、暖かくなり、陽気が増していきます。春です。春になると、今まで大地の中にひっそり暮らしていたもの達が、そろそろと活動し始めます。
人間も自然ですから、身体の中身が変わってきます。腎臓と膀胱から、肝臓と胆のうへと主役の座が変わります。「肝っ玉が太い」、「胆力がある」、「大胆不敵」という言葉がありますが、肝臓と胆のうは、目覚めた後、春からの活動の源泉になります。肝腎要の一端を担っている彼等が全身に気と血を送り出し、私達を動き易いようにしているのです。肝臓や胆のうは青色を好みます。大地から様々な植物が育っていきます。旬のもの、青々としたものを摂ると良いのです。酸味のきいたものも元気にさせます。酢のものを好む人は、肝臓や胆のうが欲する本能の働きです。

手・足の指一本々々に、五臓六腑の大切なつぼがあります。まず手・足の指を、次に甲を、さらに手・足首を、一日の目覚めと共にマッサージします。