2023年7月28日

138 能登あすなろ通信 日照り

 


日照りで、くらくらするような夏が始まった。まだ朝晩が、幾分涼しくて、過ごし易い。本番の夏はこれからかもしれないが…。日中の暑さ盛り、ほんの少し外を歩いただけで、太陽の光りの強さに、めまいがしてくる。なるべく、屋根の下、家の中の一番快適な場所で過ごす。

毎年、ま夏になると、玄関の土間が、わが家のリビングルームになる。三方の戸を開け、その土間で日中の大半を過ごす。やんわりした、爽やかな風が、肌に触れて通り過ぎていく。この一瞬の、黄金の風に時を忘れる。―この心地良さは、天然の風でないと味わえない。エアコンはもちろんのこと、扇風機であっても、この気持ち良さは味わえない。どんなに高価な冷風機をしても、自然の微妙な、繊細な風に及ぶ筈もない。

どんな生き物、物であっても、寿命がある。それぞれが限られた時間を生きて、死んでいく。誰にも寿命がある。ただ、それが何時なのか、分からないだけ。老若男女、善人、悪人関わらず、平等に寿命を与えられている。そこに必ず終わりがあるから、人生は、スリリングで面白い。死がない、終わりがない、人生であるとしたら、退屈して、地獄のように感じてしまい、痴呆症のようになってしまうのだろう。

終わりが、死が待っているからこそ、励めるものがある。日々の練習に怠りなく励んできたマラソンランナーは、最終コースに入って、なお最後の力を振り絞って、ゴールへと走り抜けていく。死に急ぐ訳でない。ただ、死への準備は濃くしていくに限る。                 2023年7月25日

                                    

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